by osicoman on 05/13/2012
ぼくらの世界は、どんなふうにでも発展することができた。ただ、歴史があって今の世の中がふつうになっているだけで、ほんとうはぜんぜんちがう世界だってあり得た。
ぼくらはときどき、そういう、ぜんぜんちがう世の中のことを想う。歌なんかを聴きながら、今とはぜんぜんちがう世界のことを想う。そういう想像力が、世の中をつくってきた。昔も、これからも。
想像力には限りがない。鳥にも、猫にも、風にも国境がないように、限りがない。だから、ぼくらの想像力は飛び立とうとする。なにかにぶつかる。それでも、飛び立とうとする。
小沢健二「想像力」(我ら、時 )より。他のどの曲やMCよりも、これが印象に残っている。
バカだから最初は、そんな「あり得た未来」を描いてみせるのが “アーティスト” なのかな、なんて思ったのだけれど、たぶんそれはまちがい。”ぼくら” がやるんだ、いつだって。
by osicoman on 04/29/2012
だって、そのトイレを利用するのが「いつも」とは限らないじゃないか。初めて来たトイレかも知れないじゃないか。
いや、むしろ、ふつうに考えたら、初めて来たトイレである確率のほうがよっぽど高いはずだ(いったいこの星にはどれだけのトイレがあるのだろう、あるいはその気になればどこだってトイレだ)。
にも関わらず、なんでそんな風に言うんだろう。それについて考えなければならないし、考えてみれば、答えは簡単なことだった。
この貼り紙が示す「トイレ」は、それが貼ってあるトイレだけでなく、この星に存在するすべてのトイレ(あるいはこの星そのもの)のことだったのだ。であれば、「いつも」にも納得できる。初めて来たトイレに「いつもきれいにご利用いただきありがとうございます」と書いてある貼り紙があるとき、それはつまり「(たとえば今朝使ったあなたの家のトイレも、昼休みに昼食を摂った松屋のトイレも、そして今まさにこのトイレも、あなたが出会ったすべてのトイレを)いつもきれいにご利用いただきありがとうございます」というだけのことだったんだ!
どうしてこんな単純なことに気が付かなかったんだろう。恥ずかしくて、胸が苦しい。
by osicoman on 02/21/2012
たまたままた Path の話題です。
Path でたまに「起きるのを忘れていた」という言葉を見かけるのだけれど、その度になんだか少し不思議(SF)な気持ちになる。だって、起きるのを忘れているとしたら、それは寝ているということになる。寝ているのなら、そんな投稿はできない。つまりその人は起きている。
というわけで、現実の世界にいるその人は起きている。起きているんだけれど、たしかに Path 上では、寝たまま。ずれている。
こんなふうな、ずれた言葉の使い方に出会ったことが、過去にもあった。ドラゴンクエストの「しんでしまうとは なにごとだ!」だ。だれかに面と向かってそんなことを言われること、現実ではあり得ない。でも、たしかにそのとおりで、説得力がある。プレイ中に言われたら、じぶんでも、死んでる場合じゃないよ、と反省するもの。
見事に他の例が思い浮かばないけど、こういう言葉って、見過ごしているだけで、ほんとうはいっぱいありそう。それと、そういう言葉をもったものは、そうでないものより強い気がする。
結論はないけど、大事そうな予感がしたのでメモ。
by osicoman on 02/9/2012
awake と sleep、Path でいちばん好き。ここ数年のインターネット的なものの中でもいちばん好きかも知れない。見てるだけで、こういうところには書かないような大げさな気持ちになる。Facebook のあいさつと同じくらい、好き(あと、あいさつ以外の Facebook のすべての要素は嫌い)。
VIDEO
by osicoman on 01/4/2012
鳩田さんにならって 、ぼくも振り返ってみます。思い入れのあるものを挙げるのもいいけど、こうやって客観的にデータを見てみるのもなかなか感慨深いというか、なんというか。
アーティスト
1. GRAPEVINE(5274)
2. BUMP OF CHICKEN(1577)
3. まつきあゆむ(1008)
4. syrup16g(629)
5. LOST IN TIME(403)
6. Galileo Galilei(377)
7. Plenty(285)
8. RADWIMPS(282)
9. STAn(223)
10. ストレイテナー(202)
11. ねごと(184)
12. Mr.children(178)
13. andymori(164)
14. tacica(163)
15. THE YELLOW MONKEY(146)
16. 髭(HiGE)(119)
17. PAQ(109)
18. L-R(107)
19. スピッツ(98)
20. PaperBagLunchbox(96)
マジだ、っていう感じのランキング。順当に好きなアーティストが上位にきてるけど、5274回っていう数字はすごいな…。平均すると、毎日ぼくはGRAPEVINEの音楽を14〜15曲再生していた計算になります。
ランクインしている顔ぶれは全然目新しくなくて、ちょっと残念な気もします。17番目の PAQ は意外でした。http://store.neguse-group.com/?pid=31235890 で買えます。買いましょう。他に新しい人たちは、Galileo Galilei とねごとくらいだなぁ。
曲
1. GRAPEVINE / This town(156)
2. GRAPEVINE / 風の歌(145)
3. GRAPEVINE / Silverado(136)
4. GRAPEVINE / Neo Burlesque(125)
4. GRAPEVINE / 真昼の子供たち(125)
6. GRAPEVINE / おそれ(124)
7. STAn / 大人になれば(119)
8. GRAPEVINE / Dry November(117)
9. GRAPEVINE / ピカロ(112)
10. ねごと / カロン(105)
10. GRAPEVINE / ミランダ(Miranda warning)(105)
12. GRAPEVINE / 411(102)
13. GRAPEVINE / Sancutuary(100)
14. GRAPEVINE / 超える(97)
15. GRAPEVINE / 夏の逆襲(morning light)(80)
16. まつきあゆむ / 銀河(78)
17. まつきあゆむ / ワイワイワールド 〜僕らの高エネルギー融解加速器〜(74)
18. GRAPEVINE / インダストリアル(68)
19. BUMP OF CHICKEN / 三ツ星カルテット(67)
20. GRAPEVINE / 白日(64)
20. GRAPEVINE / 冥王星(64)
続いて、曲です。5000回も再生してりゃそうなるわな、っていう感じのランキングになりました。まあ、GRAPEVINE 好きが証明されたと思うのでよかったです(よかったです!)。いやはや。
GRAPEVINE 以外だと、 7番目の STAn「大人になれば」がアツいです。この曲で今までの STAn とはガラッと変わったので、その次の作品がどうなるのか期待してたんですけど、活動休止してしまうとは…。2012年中に kyg さんの新しい曲が聴けたらいいな、と思っております。
あと、16番目の、まつきあゆむ「銀河」 もいいですね。いいですね、っていうのもアレですけど。2011年の暮れに急にとても好きになって、ずっとリピートしてました。誰かがべつの曲を評するときに言っていた気もするけれど、六畳ワンルームと宇宙をつなぐ世紀の名曲だと思うわけです。センチメンタルの塊みたいなぼくでも、君がそばにいてくれれば、こんなに怖い未来もなんとかやり過ごせるかも。なんつって!知らんがな!ガハハハ!この曲を含むダブルアルバム「あなたの人生の物語」はhttp://matsukiayumu.com/yourlife/ でお求めになれますぞ。どや。
というわけで、ざっくりと振り返ってみました。もっと詳しく見たい、という奇特な方はぼくのlast.fmのページ をどうぞ。
来年はどうなってるんでしょうか、楽しみですね!それでは、また1年後にお会いしましょう!
by osicoman on 01/1/2012
お金さえあれば幸せになれる、とは限らない。じゅうぶんに暮らしていけるだけのものがあれば、たしかにそうかも知れない。じゃあ、そうなったとき、人はどこで幸せを感じるのか。ここでは、まず前書きで「身近な他者に対して手助けをすること」と言い切っている。
全国1万人へのアンケートの結果分かったこととして、人々は、日々の生活において「できる範囲での手助け」をしている人ほど、「現在のじぶんは幸福である」と考えている、らしい。本書では、この、”幸福度を高めるような他者へのかかわりの力” を「SQ」という指数で表している。この「SQ」を軸に、少子高齢化や地方の過疎化などの問題をどう解決するか提案し、また、2020年頃に社会がどのようになっているのか予測している。
読みやすい文体なのですらすらページをめくれるけれど、それでいて論拠となるデータや事例もたくさん引いてあって、しっかり説得力がある。どちらかというと、ふだんはあまりこういう類の本は読まず、もっと情緒的なものばかりを読んでいるので、新鮮だった。
ところで、本書では「SQ」的な考えの人たちが増える前、戦後の、消費を巡る価値観の変化について、けっこうなページ数を割いて紹介している。個人的には、この部分がいちばんおもしろかった。いろんなところで見る、世代間のズレの理由が分かったように思う。
また、その紹介の中で、高度経済成長を経た「黄金時代」から続いてきた「たくさん消費ができるヤツがエラい」という価値観に明確に NO と言っているのが、とてもよかった。痛快というか、いたしかたないというか、捉え方はひとつではないだろうけど。
このあたりの、大げさに言ってしまえば「資本主義からの脱却」みたいなものは、今後避けては通れないだろうし(しかも意外と早くそういうことになるかも知れないし)、じぶんの中でも前から気になっているトピックだったし、そんな話をする/見ることも、少しずつ増えてきた。
未来を考えるきっかけになる、その為の基礎をしっかりとつくってくれる、よい本だった。きっと今年、何度か読み返すことになると思う。読み返してこ!
by osicoman on 12/20/2011
2011年12月17日に、28歳になった。
とは言うものの、実感はない。そもそも、日付が変わった瞬間にそれだけで何かが変わるということはないだろう。28年間生きてきて、そのくらいは分かる。けれど、心持ちひとつで変われる、ということも28年の間に覚えた(それと、それだけじゃどうにもならないこともある、ということも)。ということで、恥ずかしがらずに続ける。なにかを新しくするには、すごくよい機会だから。
今年は、ほんとうにいろんなことがあった。もちろん、いろんなことは毎年あるんだけど、今年は、個人的にも、もっと広い世界においても、いろんなことがあった。今こうやって、ひとつ歳を重ねることができたのも、この文章を公開できているのも、あなたがいま、ここまで読んでくれていることも、誤差みたいなものなんだと思う。
引越をした。ルームシェアを始めた。地震が起きた。転職を決意した。京都旅行をした。会社を辞めた。新しい会社に入った。したことのないような仕事をした。苔を育て始めた。会ったことのない人と会った。会ったことのある人と仲よくなった。会ったことのない人とも仲良くなった。知らない人と知り合った。たくさん笑った。ひとりでフラッと飲みに行けた。恋人と別れた。ラーメンを食べた。たまにカレーも食べた。ベローチェでコーヒーを飲んだ。アルプスで泥酔した。心ない一言に傷ついた。かっこいい音楽で高まった。悲しい知らせに肩を落とした。忘れたくないことが、たくさんあった。
言葉にしようとしてもどうしてもこぼれてしまう感情を、ときにひとりで、ときにだれかと、受け止めてきた。この1年を振り返って思うのは、ほんとうによい友人に恵まれたなぁ、ということ。この点に関してだけは、胸を張れる。いろんな人の顔が(あるいは twitter のアイコンが)頭に浮かんで、ちょっと泣いてる。ホロにげぇ…!
こんな大人になりたい、とか、こんな暮らしをしたい、とか、そういう理想のようなものを、ちゃんと考えたことがあまりない。「けれど」なのか「だから」なのか、は分からないけど、1年前は焦っていたし、こんな現状でいいのか、疑問だったように思う。どこに向かって進めばいいのか、分かってなかった。あの頃と比べたら、今は毎日楽しく過ごせている。焦りや疑問は相変わらず尽きないけれど、目指すべき道もなんとなく分かってきた。もしかしたら、単純に歳を取って選択肢が失われていっただけなのかも知れないけれど、だとしても、それほど悪い気はしない。
それではみなさま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
by osicoman on 12/6/2011
著者の名前を知らなくても、「ピタゴラスイッチ」「0655」「2355」の企画・監修をしたり、プレイステーション用ソフト「I.Q.」を作ったり、「ポリンキー」「バザールでござーる」のCMを手がけた人、と言えば、ほとんどの人は分かるのでは。この本は、そんな著者の、暮しの手帖での連載を一冊にまとめたもの。ちなみにぼくは「尊敬する人はだれか」と聞かれたら、佐藤雅彦と松本人志と宮本茂と答えます。いつも。
ぼくらがふだんの暮らしのなかで素通りしてなんとなく受け入れてしまっている、世界の仕組みや人間の感覚のするどさ。そういうものを見逃さず、ひとつひとつていねいに「なぜそうなのか」を、平易な言葉で解き明かしていく。最初から最後まで、感心しっぱなし。ここで挙げられているものの背後には、まだちゃんと言葉に定着できていないような事柄がこの何倍もあるんだろうな、なんて想像すると、わくわくするような、ちょっと怖いような気持ちになる。
全体的に、おだやかなトーンなんだけど、うしろのほうに載っている文章が、とてもガツンときた。
私たちが生きていく過程で必要なのは、すでに分かりやすい形に加工されている情報を摂取し、頭を太らすことでなく、情報という形になっていない情報を、どのくらい自分の力で噛み砕き、吸収していくかということなのである。
この本に載っていることは、つまりこれのいろんな例なんだな、と。じぶんはどうだ、と考えて、このままじゃいけないな、と思った。ほんとうに。
by osicoman on 11/22/2011
うっ、ぼんやりしていたら2週間弱もあいてしまった。
前回の日記のあとは、風邪をひいたり、部屋を変えたり、友だちの結婚式に出たりしてた。結婚式は、いろいろと考えてしまいますなぁ。
さて。ゲームの話をしよう。
PSPのスイッチを入れ、ゲームを起動する。いきなり本編を始めるほどがっついてもいない(そんな男はモテないぞ!)ので、まずは物語のきっかけを描いたムービーを、神妙な面持ちで眺める。源太とお輪という名の夫婦が、酒呑童子のところへ向かうシーン。ふたりの会話から、それぞれの性格やふだんの関係性がパッと分かって、感心してしまう。他の表現方法と違って、すぐに分かるのがゲームでは大事なのかな、とちょっと思う。
このムービーは、ゲーム本編とは独立していて、いつでも見られるし、見なくてもいいのが、とてもいい。オープニングムービーがあるようなゲームのほとんどは、新しく始めるときに必ず再生されるようになっている。再生中になにかボタンを押すことで大抵はスキップできるけど、その手間すらめんどうなこともある。それに、見たいのに、間違ってスキップしてしまうこともある。
ムービー再生が独立していれば、そういっためんどうなことは避けられる。見るのも見ないのも、遊び手の自由だ。『俺の屍を越えてゆけ』をプレイする人の中には、ストーリーなんて気にしない、という人もけっこういそうだから、そういう面からもナイスだ。
また、やろうと思えばいつまでも遊べるゲームだからこそ、途中でダレてくることもあるだろう。そういうときに、ムービーを観直して、もういちど気合いを入れることもできる。
…よく考えられてるなぁ。
もちろん、実際はどういう意図でわけたのかは分からないし、ただの考えすぎという可能性も、おおいにあるけれど。
なんて感心しながら本編を始めたのだけれど、まさか初陣で一族の人間をひとり死なせてしまうとは微塵も思ってなかった。いやー参ったね!あははは!
by osicoman on 11/12/2011
『俺の屍を越えてゆけ』というタイトルの、1999年にプレイステーション用ソフトとして発売されたRPGがある。
ゲームの舞台は、平安時代の京都。鬼たちの襲撃によって、壊滅状態に追い込まれている。名だたる武士たちが「朱点童子」という鬼の大将を討ちに向かうが、誰一人として目的を果たすことなく、命を落としていった。
そんな中、一組の夫婦が、朱点童子のいる「朱点閣」へと辿り着く。が、朱点童子の罠によって、夫は命を落とし、妻は捕らわれの身となってしまう。そして、生まれたばかりのふたりの子どもには、ふたつの呪いがかけられる。
常人の何倍もの早さで成長するかわりに生後1年半〜2年程度で寿命が尽きる「短命の呪い」。人と交わり子孫を残すことができない「種絶の呪い」。
プレイヤーは、一族の当主として、朱点童子の討伐を目指す。人と交わることができないから、かわりに神様との間に子どもをつくる。呪いは朱点童子を倒すまで続くから、その子どもも、神様と交わる。子どもは親の能力を受け継いでいくから、戦闘を重ね、能力を高めていく。たとえ今すぐに朱点童子を倒すことはできなくとも、子どもの、そして、一族の未来のために。
そんな「俺の屍を越えてゆけ」が、2011年11月10日、PSP用ソフトとしてリメイクされた。プレイステーション版を遊んだ記憶はあるのだけれど、どんなゲームだったか、どんなストーリーだったか、ほとんど覚えていない。ただ、おもしろかったことだけを覚えている。
リメイク版を買ったのは、単純におもしろいゲームで遊びたい、というのがいちばんの目的だし、それがすべてだ。けど、分別もついて歳を取った今なら、もっといろんなことを感じるかも知れない。できれば、そういうことを忘れずにいたい。
ということで、少しずつ、メモのようなテンションで、記録していこうかと思っております。